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大澤真幸/現実の向こう

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神田三省堂と池袋ジュンク堂での「現代」をテーマにした講演、3回分を収録した
大澤真幸『現実の向こう』を、僕は神田三省堂で購入した。

出たばかりの頃は、サイン会及び講演の参加特典が付いていたが、その時は買わなかった。なんとなく「サイン会の特典入りますか?」と聞かれるのが 面倒だったからだ。
無事サイン会も終わったようなので、購入した。

講演を元にした話し言葉なので、非常に読みやすく、すぐ読み終わった。

「平和憲法の倫理」、「ポスト虚構の時代」、「ユダとしてのオウム」の3部構成で、1部と3部では具体的な提案がなされている。
2部はいつもの大澤節で、ドラマ『砂の器』のリメイク版と74年放送版を比較しながら、現代を分析していく。

『「歴史の終わり」の終わり』というキャッチコピーにまず目がいってしまうが、読後の感想としては、まさにタイトル通り「現実の向こう」について語った本だなという事。

1、3部での、現実性のない提案はまさに、提案する事に意味があるような感じだが、異常なまでの熱量を感じる。
もはや提案ではなく脅迫のような圧迫感。


大澤真幸にはただ批判してるだけという批判が多い。

最初僕はその批判に大澤が答えているのだろうと思い、1部ではなんでこんな実効性のない提案をしているのか疑問だった。

だが、最後まで読み進めるにつれ、しだいに疑問もはれてきた。

答えは、2部に隠されている。
単純に読み物としても2部が一番おもしろく読めた。

大澤の師匠である三田宗介の分析、現実と理想、現実と夢、現実と虚構、これを15年周期で戦後45年にあてはめる切り口を大澤はここでは25年周期で、戦後50年を現実と理想、現実と虚構にわける。
そうすると、虚構の時代は95年に終わる。
本書のテーマもまさにここ、虚構の時代の後は何の時代なのかについて語る事にある。

大澤の分析だと、ポスト虚構の時代とは、不可能性の時代という事になる。
まさに大澤はこの本で、不可能な事を語る事によって現実の向こう側の可能性を語っているのだ。

しかし「現実と不可能性」とはますます救いがないように思える、不可能性とは何か。

それはアイロニーである。

アイロニーとは、対象にアンビヴァレンツな相反的な態度で向かう事だ。
もはや僕等に残された道はアイロニーを熱く演じる事しかできないのだろうか?

 

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